モノより頼りになるものは何? 子供の頃の極貧生活

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極貧生活
ブランドもののバックや靴、洋服などあまりモノには執着がありません。単にオンナ力が低いだけとも言えますが、大好きな本も読むだけのリーディング型ビブリオマニアでして。こういうのも子ども時代の体験から来ているのかなと思います。

赤ん坊の頃私の家はものすごく貧乏でした。私が学生時代に住んでいた一人暮らし用のワンルームよりも小さな家に一家で住んでいました。壁はベニヤ板で屋根はトタン。こんなド貧乏の父親とよく母は結婚したものだと思います。

その後父の商売はトントン拍子に上手く行って普通の暮らしができるようになりました。父も子ども時代に家が破産して、極貧生活を体験していたので、人並み以上に頑張ったからだと思います。私が小学校に上がる頃に家も引っ越しました。

大きくなってから昔住んでいた家を見に行ったことがあります。電車を乗り継いで記憶を頼りに確かこの辺だったはずというところまで来ました。すると、以前住んでいた家はある中小企業の倉庫として使われていたのです。私たちが住んでいたのは人間が住むための家ではなく、荷物を入れておくようなバラックだったのでした。

子ども時代をこんな風に過ごすと「極端にモノに執着する」か、「極端にモノを信頼しない」かどちらかになるのですが、私は後者。昔から、もしまた一文無しになったらどう生きていこうかといつも考えていました。

モノなんか頼りになりませんよ。なくなったらそれまで。でも頭の中に入れたモノはなくなったりしません。たとえ裸で放り出されても、今まで身につけた技術や知識があれば、私はきっとなんとかやっていけるはずです。

ああ、それなのに。以前出張に行ったとき、ブロードバンド環境でないというだけで私は八方ふさがりになってしまいました。単に携帯とPowerBookが使えなかったというだけなんですけどね。全く無能そのもの。

私はコンピュータをはじめとする全ての機械を愛していますが、あくまでマシンは人生を二人三脚で歩むための相棒であって、マシンに支えてもらわなくては歩けないということでは困ったもんです。

子どものときの私に「モノがなくちゃ何にもできないんだね」と笑われそうです。なんたる堕落。これはいかんですよ! いや、本当に失敗は勉強になりますね。【麻理】

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