読む人を選ぶプルースト効果小説『香水』(パトリック・ジュースキント)


最初にちょっとしたテストです。以下の文章を読んで想像してみて下さい。
「良く晴れた日に干した布団」
「湯気を立てているコーヒー」

頭の中にしっかりとした「香り」の記憶が蘇った方、おめでとうございます! あなたはこの小説をより楽しむことができますよ。

香水―ある人殺しの物語』は、究極の鼻を持った男の奇想天外な物語。

18世紀のフランス。主人公グルヌイユは何百万という香りもかぎ分けられ、記憶することができる特別の臭覚を持って生まれました。植物、食物、物質、人間の匂い──目を閉じて歩いても匂いを感じるのでぶつかることはありません。

グルヌイユは自然に存在する香りも、自分の気配を消してしまう香水もどんな香りを作るのも思いのまま。彼が目指したのは、世の中の全ての人間を魅了してしまう「究極の香り」……。

冒頭のテストに合格した方は、この小説を読んで不思議な体験をされると思います。本を読み進めるうちに、頭の中に様々な香りが立ちのぼっては消えていくでしょう。香りに伴う過去の記憶があふれ出すかもしれません。それぐらい著者(そして訳者)の香りに関する描写が素晴らしいのです。引用してみます。

「あるかなしかの弱々しいものなのに、毅然としていて保ちがいい。薄地の美しい絹のような……だが、あきらかに絹とは違う。むしろ甘いミルク、ビスケットを溶かしたミルク」

「驚くべき芳香だった。バルディーニの目から発作的に涙があふれ出た。試してみるまでもない。テーブルの上の調合壜の前に立ち、深い息をした。すばらしい香水だ。これにくらべたら《アモールとプシケ》とは何ものか。壮大な交響曲に対して、誰かが下手なヴァイオリンをひっかいたと言いたいほどの違い。いや、それ以上の違い」

(『香水』パトリック ジュースキント)

視覚と嗅覚では、視覚の方が刺激が強いと思われる方も多いでしょう。でも脳の中の反応は逆。匂いの感覚器官は海馬臭球という部分を通ってダイレクトに脳に届きます。でも視覚情報は見ているものを組織化して解釈するために、あちこち巡ったあとでやっとこさ海馬に届くのです。

脳にとっては匂いの情報によって呼び覚まされる記憶の方が、視覚的な記憶よりもずっと鮮やかなのです。昔の恋人がつけていた香水を嗅ぐと、当時の思い出が鮮明に蘇ったりすると言いますよね。そう、それ。

これをプルースト効果と言います。

本書は読む人の想像力を刺激するバーチャルリアリティ小説としてお薦め。今ひとつ匂いの記憶が蘇らない方でも、奇想天外なストーリーと著者の優れた描写力で引き込まれてしまいますよ。【麻理】

18世紀のパリの悪臭と香水の芳香。グルヌイユの作る香水はまるでドラえもんの秘密道具なみにすごい。

今日のサイト

食品サンプルのあきない屋(※リンク切れ)

こちらは全く匂わない、食品サンプル。USBメモリやキーホルダなんか欲しくなっちゃうなあ。

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