「頑張れ」とは言っちゃだめ──でもだからと言って無視してもいいの?

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頑張れという言葉
頑張れ」と軽々しく人に言ってはいけないって聞きますよね。たとえば鬱病に苦しむ人は、自分でも一生懸命やっているのに「頑張って」と言われるとよけい落ち込む。だから気軽に「頑張って」と励まさないように……と。でも言葉を飲み込んでもいいのでしょうか。


でもねえ、最近息苦しいなあと感じるんですよ。身近に寂しい人、悲しんでいる人、勇気が出ない人を見かけたとき、誰だって「元気を出してほしい」と願うものではありませんか? でも傷つけてしまったらどうしようと不安に思って「頑張って」の言葉を飲み込んでしまいます。

ちょっと前のこと。毎日チェックしているブログの管理人さんが、ある家庭の事情で気分が沈んでいるという記事を書かれていました。私は以前からそのブログを読んで、目が開かれるような思いをしたり、励まされたりしていました。よし、勇気を振り絞ってコメントを書き込んでみよう。でもそこで指が止まりました。

不用意に「頑張ってください」と書いて「こんなに頑張っているのに」と悲しませてしまったらどうしよう。でもコメント欄にくどくどと「頑張ってというのはあなたが今頑張ってないとうことではなく……」と書くのも言い訳がましいし。

結局私は何もしませんでした。

その後管理人さんは元気を取り戻され、私は胸をなで下ろしましたが、「あのとき何もできなかった」という小さい痛みが心に残っています。

「頑張れ」という言葉にあれこれ気を回して何もしないのは、苦しんでいる人を見捨てているだけなのではないでしょうか? そして何も行動しなかった自分に「頑張れと言っちゃダメなんだから、何もできなくても仕方ないよ」と言い訳しているだけなのではないでしょうか?

もちろん鬱病などの病気の方には言うべきではありませんが、拡大解釈して、誰に対しても絶対に「頑張って」と言えない世の中って寂しいですね。何かもっと良い言葉があればいいのですが。

結局、言葉を相手がどう感じるかは千差万別で分かりっこありません。私個人としては「頑張れ」と言ってほしい。いっぱいいっぱいで余裕のない時「私だって頑張ってるのに」と思うかもしれないけど、でも誰からも無視され(実際には気を使っている無言の他者がいるのだけど)ひとりきりで立ち向かうよりも勇気が沸いてくる気がするんです。

以前サイト管理で落ち込んでいるとき、たくさんの読者さんから励ましのメールをいただきました。私は立ち直れました。今メールを読み返してみても心がじわっと熱くなります。「頑張れ」という言葉には力があると感じました。

お一人「負けないで」と書いてくださった方がいらっしゃいました。これも私は好きな言葉です。【麻理】

追記

補足。鬱病などの病気で「頑張って」という言葉が辛い方へはやはり言うべきではありませんが、「頑張れ」の言葉がなんでもかんでもダメとして拡大解釈→落ち込んでいる人に何も行動しない冷たさ……という現状についてこのコラムを書きました。「頑張れ」を気楽に言うのは良くないことはよく分かっています。

読者のはるっぺママさんが「『頑張れ!』 この言葉の本当の意味」という素敵なコラムをお書きになっています(「はっぴー&まにあな日々。」より)。最後の言葉はとってもいいですね。

活字中毒R。のじっぽさんの「亜也さんを傷つけた、寮母さんのことば。」にも考えさせられました。人を傷つけないことって本当に難しい。【麻理】

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